復活への整理

夫に捨てられる直前にいます。
自分を見つめ直し、前に進みたいと思い始めました。
夫との出会い、結婚、生活、夫の不倫、別居、離婚直前。
夫の気持ちを取り戻すにしても、終わりにするにしても、この失敗を糧に生きていきたい。心の整理をするためのブログです。

(続くかな😅頑張ろう。)

夫のいない家 模様替え

夫が実家に帰ってから、私はすぐに 家の掃除を始めた。

いつ帰ってきても落ち着ける家にするために、夫が望むような家にしようと思った



夫は昔から、何を買うにも時間がかかる人で、目をつけたものも何回も見に行き、吟味してからかう。

家具を買うのも一苦労だった。

そんな夫が今はいない、高いものじゃなければ、代役として買っても大丈夫だろうと思い、できるだけ安く、でもきれいに見えるものを買い集めてリビング、キッチン、お風呂場を改造した。

車がないため、自転車で何往復もして…、


観葉植物なども飾ってみたり、お香を炊いてみたり、

少し風水なども取り入れてより良い空間を作る努力をした。


でも私の思いとは裏腹に夫は、その後二週間なんの連絡もくれなかった。


私は姑に連絡して、夫の様子を伺っていたが、本人からの連絡は一切なかった。


しばらく、放っておいた方がよいとはんだんし、私から本人への連絡もひかえていた。


二週間後、手紙が届いた。

家出

地獄のような毎日を過ごしていたある日、また、夫の行動が気になり、メールをチェック。

すると「今頃お風呂にいれてる頃かな?」

という一文が履歴に残っていた…宛先も分からない、いつ送ったかも分からない、一文。

復元したため本当にメールを送ったのかも分からないけど、

また、夫に不信感をもち、携帯を置いていけと、朝から喧嘩になった。



夫は切れぎみに、でも少し勝ち誇ったように携帯を置いて仕事に行った。


夫が会社についた頃会社から携帯に、かけてきて「俺から俺の携帯に電話があったら面白いと思って」 と訳の分からないことを言っていた、何で怪しい行動ばかりするのか…

このとき夫の携帯からNに電話をしてみた。着信拒否されていた。

ラインを送ってみた、アカウントが消去されていた。

夫からではなくNの方から拒否されていることに気づいて、やってしまったと思った。



私は決心した「もうこの家には帰らない」

そう決めて、仕事のあと電源を切り

一人インターネットカフェで時間を過ごした。


次の日の朝、起動すると、夫、両親、姉、義理の母からの着信、メールがたくさん入っていた。


正直夫がそこまでして探すとは思っていなかった。


それでも帰る気にはなれず、そのままインターネットカフェに泊まり続けて、四日目辺りに近くにすむ友人の家にお世話になった。


夫からの連絡は家出から、二日目にはなくなっていて

後に聞くと「俺は意地になっちゃいけないの?」 と言っていた。


友人が私を心配し夫に電話をしてくれて、迎えにこさせた。


車で自宅に戻り、私を家に置き夫は 実家に帰ってしまう。


翌日の土曜日私が仕事でいない間に着替えやらくつやらを取りに来たらしい。


「荷物取りに来たんだね。」


「すみません、取りに行きました。」


「夫君の気持ちも考えず、勝手ばかりしてごめんなさい。帰ってくるのをまってます。」


このやり取りを最後に連絡がなくなった。

フラッシュバック

その後Nの事は弁護士に任せ、夫との修復に専念する日々…。

もちろん夫は慰謝料請求していることは知らない。


毎日笑顔で送り出し、迎える努力をしていたものの、週二、または週一くらいで フラッシュバックにおそわれ泣き叫ぶ。

そのたぶに罵声を浴びせていた。

今思うと、本当にひどい言葉だ


たとえば「N見たいな女を相談女って言って、わざわざ既婚者に相談して関係持つらしいよ。次の寄生先探してるんだって」

「小さい子供を置き去りにして男にまた開いてる最低女に騙されないでよ。」

「Nを殺してでもあんたら二人を幸せにはさせないからな」


今思い出しても恐ろしい言葉の数々…。

こんなんじゃ夫の気持ちが離れるのも無理はない。


でも、こんな言葉を言わせてるのは不誠実な二人のせいだ、そう、思わないと狂いそうだった。


夫は本当に連絡をしなくなっていたのかもしれないのに、信じることができなかった。

信じたいのに…。



この頃から夫は独り言で、自分の気持ちを整理するようになる。

それもわざとなのか、無意識なのか、私に聞こえるか聞こえないかくらいの音量で…。


それが私の神経を逆撫でする…。

それでまた喧嘩になることもあった。


あんなに仲が良く喧嘩もほとんどしなかったのに、発覚してからというもの頻繁になった。


夜も眠れなくなって、体も正直つらかった。

夫は良く眠っていた。それもすべてが腹が立って、いっそこの人を殺して自分も死のうかと、寝ている夫をじっと見つめながら思ったこともある。

毎日が地獄だった。